大阪高等裁判所 昭和61年(う)1081号 判決 1988年3月24日
本籍
京都府長岡京市長岡三丁目四三番地
住居
同市野添二丁目七番一二号 市営住宅B棟一〇二号
自動車用品販売業手伝
今井正義
昭和一一年五月二二日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六一年九月四日京都地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。
検察官 酒井清夫 出席
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年八月及び罰金二〇〇〇万円に処する。
原審における未決勾留日数中六〇日を右懲役刑に算入する。
この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。
右罰金を完納することができないときは、金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人豊岡勇作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官酒井清夫作成の答弁書に、それぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。
第一控訴趣意中、事実誤認の主張について
論旨は要するに、被告人が関与した原判示第一ないし第七の各所得税納税申告手続は、同和対策事業特別措置法(以下、「同対法」という。)及び昭和四五年二月一〇日付国税庁長官通達(以下、「長官通達」ともいう。)の趣旨にしたがい、被告人らが「全日本同和会(京都府・市連合会)」名義で一括代行してきた納税申告方式、すなわち、同和地区住民に対する税負担軽減措置の一環として、従来部落開放同盟(以下、「解同」ともいう。)に対する関係で公認されてきたのと同様、大阪国税局ないし所轄税務署等の担当官らの指導・了解のもとに行ってきた手段方法を踏襲したものに過ぎず、たとえ架空債務計上等の方法によっていたとしても、かかる方法はかねてより税務当局の承認・了解を得たうえで行ってきたものであるから、被告人らの本件各納税申告行為は所得税法二三八条一項の犯罪構成要件に該当しないものというべく、仮に、構成要件該当性が肯定されるとしても、本件各納税申告行為に関して、被告人には所得税ほ脱の犯意ないし違法性の認識がなかったものといわなければならないから、右につき所得税法違反の事実を認め、これを同法二三八条一項に問擬した原判決は、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実を誤認したものであり、破棄を免れない、というのである。
そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するのに、原判決挙示の関係対応証拠によれば、原判示所得税法違反の各事実は、所論構成要件該当性及び所得税ほ脱の犯意等の点をも含め、これを優に肯認でき、当審事実取調の結果によっても右認定判断は左右されず、原判決には、所論のような事実誤認のかどはない。
すなわち、原審で取調べられた関係証拠によると、<1>被告人は昭和五五年ごろ全日本同和会京都府・市連合会に加入し、本件当時同連合会乙訓支部長の地位にあったものであるが、同五六年初めごろ、同連合会の事務局長に長谷部純夫、事務局次長に渡守秀治がそれぞれ就任したのを契機に、同人ら及び当時同連合会の副会長であった鈴木元動丸(なお、同人は同五七年一月、西田格太郎の後を受けて会長に就任した。)とともに、「税務対策」と称し、全日本同和会の名義を用い、ひろく所得税・相続税等の納税者から「カンパ」等の名目で本来納付すべき正当な税額の約半額を目処に金員を徴したうえ納税申告手続の代行を請け負い、架空債務計上等の手段方法によつて納付税額を大幅に圧縮する過少申告を実行する計画を立て、それぞれの役割分担等に関する具体的な話合いも整ったこと、<2>右税務対策を現実に遂行するについては、正規の所得額より控除すべき架空・虚構の債務を作り出して申告をする必要があったことから、前示・長谷部事務局長の発案により、同五六年五月前示・鈴木副会長を代表者とする「有限会社同和産業」なるペーパーカンパニーを設立し、被告人は名目上同会社の監査役となったこと、<3>右同和産業は前示のような経緯で設立されたものであるから、なんぴとの出資もない無資本の会社であり、継続的に一定の業務を行うなど会社としての実体を備えておらず、単に架空債務の存在を仮装するのに必要な内容虚偽の証憑書類を作成する架空債権者としての名義利用の存在意義しか有さなかったこと、<4>原判示第一ないし第七の各申告行為は、不動産売買仲介業者である西村勝雄、辻逸朗及び有田峻宏らの依頼を受けた被告人が、その都度、事前に鈴木らに報告のうえ、その了解を得てこれを実行に移したものであるところ、その手段方法は、原判示・各不動産の所有者がこれを売却譲渡したことにともない申告納付すべき所得税を過少に申告する目的で、原判示のごとく、株式会社ワールドの同和産業に対する借入れ債務につき連帯保証人となった各納税義務者が、右ワールドの破産により連帯保証債務履行のため当該不動産を他に譲渡し、その譲渡収入で右保証債務を履行したが、ワールドに対する求償不能によって保証債務履行額相当の損害をこうむったと仮装するなどしたものであって、そのほ脱にかかる税額は七件合計約一億八八六〇万円にのぼっていること、<5>被告人らは、各納税義務者からそれぞれ正当税額の約半額を目処に「カンパ」あるいは「謝礼金」・「手数料」等の名目で金員を受領し、前示のような架空債務計上の方法を用いて所得額を過少に申告し、これに基づいて算出された額を所得税として納付したうえ、前示「カンパ」から納税額を差引いた残額の約三割相当分を同和会本部に納入し、残余の金員を被告人及び鈴木会長らで分配取得していたこと、<6>被告人の場合、前示の経緯で取得した分配金は合計約二七九〇万円であつたが、被告人はこれら分配金の大部分を個人的な生活費・遊興費等に費やしたほか、海外旅行の費用や為替差益を稼ぐための投機的な金売買の資金などに充て、更に、被告人が代表者となって経営していた自動車用品の加工販売業・有限会社今井商店の店舗購入にともなうローンの返済等にも充当費消しており、特に同和開放運動に関連する目的のために右分配金を活用した事実はないこと、以上のような事実を認めることができる。
ところで、所論は、本件当時被告人らの行った納税申告の方法は、同対法ないし長官通達の趣旨にしたがい関係税務当局の了解を得たうえ実行されていたものである旨主張するので、先ずこの点について検討するのに、原審及び当審で取調べられた関係証拠によると、(1)政府は、同対法の制定公布にともない全国の国税局長あてに昭和四五年二月一〇日付で国税庁長官通達を発し、同通達の内容は、「1職員に対し、同和問題に関する認識を深め、国家公務員としていやしくも法の精神に反するような言動のないよう周知徹底をはかること。このため、局署において実情に応じ職員に対する研修等を実施すること。2同和地区納税者に対して、今後とも実情に則した課税を行うよう配慮すること。」というものであったこと、(2)右長官通達の趣旨にしたがい、
税務当局では、部落開放同盟関係の同和地区住民の納税申告手続きについて、各地域の解同支部等においてこれを一括代行する便法を認めるとともに、税務署側に特別の受付窓口を設け、自主申告の内容を尊重すると同時に、税務調査に当たっては右解同支部等を通じて行うこととするなど「実情に則した・・・配意」を加える方針をとったこと、(3)被告人らの全日本同和会京都府・市連合会の内部においても、昭和五五年ごろ、解同に準じた取り扱いを得られるよう税務対策を講じるべきであるとの声が高まったところから、「税務委員会」・「経営指導委員会」などの税務担当部署を設け、同部署の責任者など同連合会の役員らが大阪国税局その他関係税務署に対する陳情を重ねた結果、翌五六年初めごろ、同連合会関係の納税者に対しても解同の場合とほぼ同様、納税申告手続の一括代行を認めるとともに、各税務署の受理手続担当者を一定するなど「実情に則した」処遇を受けられる結果となったこと、以上の事実が認められる。
しかしながら、前示のごとき内容の長官通達が発せられ、これに基づき同和地区住民の申告納付手続等に関し特別の配慮がなされるに至ったのは、所論も認めているように、同対法の立法趣旨の一部である「同和地区住民の経済的文化的水準向上の保障」を実現するという目的に資するためのものであって、これにより所得税法その他税法の規定を事実上改変したり、不正な行為によって税をほ脱する行為を合法化するものでないことはいうまでもない。もっとも、本件にあらわれた証拠関係によると、<1>税務当局においては、全日本同和会京都府・市連合会関係組織の代行にかかる所得税確定申告を受付けるに際し、その申告内容につき、実質的な審査や立ち入った税務調査を実施することなく、もっぱら、形式的な書面審査のみで申告内容を是認・受理するという対応に出ていたこと、<2>その結果、本件以前においても、原判示と同様、同和産業名義の領収書等内容虚偽の証憑書類がかなり頻繁に利用され、当局側が積極的な税務調査をしておれば、極めて容易に架空債務計上等の不正行為を発見・指摘できた筈であるのに、こうした措置に出ないまま、事実上不正申告を見逃すという処理が行われていたこと等の諸事実が窺われる。所論は、右のような税務当局の対応状況を根拠として、被告人らの本件申告行為は所得税法二三八条一項の構成要件に該当しない旨主張するのであるが、そもそも右所得税法の罰則が予定している保護法益は、税務当局担当係官らの手によって自由に処分し得ないものであることはいうまでもなく、たまたま、ある限られた納税者の不正な申告行為が税務行政のうえで黙認されていたとしても、その事実を目して、前示罰則の定める構成要件の適用を例外的に排除する法律的な除外事由(構成要件該当性ないし違法性の阻却事由)と評価できないことも多言を要しないところであるから、所論は採用できない。
次に、所論は、被告人には所得税ほ脱の犯意ないし違法性の認識がなかったと主張するので、この点について検討するのに、原判決挙示の関係対応証拠によれば、<1>被告人は昭和五六年五月ごろ、全日本同和会京都府・市連合会において、納税義務者からいわゆる「税務対策」の依頼を受けた場合、その納付税額を圧縮するための工作に要する架空の債務を作り出す必要から、ペーパーカンパニーたる同和産業を設立するに至った当時、右設立前後になされた一連の関係者ら(その中心となったのは、前示の鈴木、長谷部及び渡守らと認められる。)との協議に関与していること、<2>そして、被告人らはいずれも、右同和産業名義の内容虚偽の領収書等を作成・利用して高額の架空債務を計上し、過少申告をするという手段方法に出たとしても、税務当局が特段のチェックを加えることなく、右申告をそのまま黙過してくれるものと期待していたこと、<3>しかしながら、被告人らは、本件当時、同和関係の組織が税務当局に対し強固な発言力をもち、当局側も同和関係組織が代行する申告手続の内容に関しては出来るだけせんさくしないという態度をとっていたことから、前示のごとき過少申告が黙認されているのに過ぎない事実を熟知していたこと、<4>そのため、被告人らは右同和産業の設立を図った際、この計画を当時の京都府・市連合会会長であった西田格太郎に知られると潔癖な同人が到底かかる不正行為に賛同しないであろうと判断し、同会長に無断で事を運んでいること、<5>しかも、被告人は本件各犯行によって得た分配金を、前示のように、同和関係の運動と全く無縁の個人的な用途に費消していること等の諸事実が認められ、これら諸般の事情に照らせば、被告人において、本件のような手段方法による納税申告が正当かつ合法的なものとして法的に認められているとは考えていなかったことが明らかであって、被告人の本件各所得税ほ脱についての犯意及び違法性の認識に欠けるところはなかったといわなければならない。
被告人は当審公判廷において、本件のような納税申告の方法が合法的なものとして承認されていると信じていたかのように供述しているが、その内容は現行租税制度のもとでの一般的な社会通念とかけ離れた不自然・不合理な弁解であって、その信用性を肯定し得る被告人の捜査段階及び原審公判廷における供述等に照らしても、これを借信することは到底困難である。すなわち、被告人は、本件捜査段階での検察官に対する供述及び原審公判廷供述のいずれにおいても、前示のような所得税ほ脱の事実及びその犯意をおおむね全面的に認める趣旨の自白をしているところ、その内容、ことに検面調書の内容は、詳細かつ具体的で特段不自然・不合理な部分もなく、本件関係者らの供述内容とよく符合しているのみならず、被告人方から捜索押収されたノート類の記載等真実性・正確性に富む証拠に基づき記憶を喚起しながら述べたものであって、右自白に沿う相応の客観的な裏付けを有するなど、その信用性は極めて高いものということができる。この点に関し、被告人は当審公判廷において、当時の弁護人から、寛大な処分を望むのであれば、検察官の取調に協力するのが得策である旨示唆されたため、不本意ながら迎合的な自白をした旨弁解しているが、前示のように被告人の検察官に対する各供述調書はその内容が他の証拠関係とよく整合しているうえ、検察官の質問に対して知らないことは知らないと明確に供述した状況等が忠実に録取されているほか、被告人が疲労等を訴えて取調を後日に持ち越した経過のあることなども認められ、各検面調書中の被告人の自白の任意性に疑いを差しはさむ余地は見いだせない。
右のとおりであるから、被告人の所得税ほ脱の犯意及び違法性の認識に関する原判決の認定にも所論のような誤りはない。論旨はすべて理由がない。
第二控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は原判決の量刑不当を主張し、懲役刑については刑の執行を猶予されたい、というのである。
そこで所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するのに、原判決が「(量刑の理由)」と題する項で説示するところは、当裁判所においても、おおむねこれを正当として首肯することができ、本件の罪質、動機、態様、社会的影響及び被告人の利得の状況、とくに、本件脱税は全日本同和会なる組織を背景として被告人ら同会の幹部によって敢行された事犯であり、ペーパーカンパニーを設立して架空債務を計上するという巧妙な方法でなされていること、脱税金額が合計約一億八八〇〇万円の多額にのぼり、ほ脱率も高率であること、被告人は本件において、納税者・仲介者との折衝などの面で重要かつ積極的な役割を果たし、脱税の見返りとして納税者から得た金員のうち合計約二七九〇万円もの分配金を取得していること、本件が誠実な納税者の納税意欲に与えた悪影響には著しいものがあること等諸般の事情に照らせば、被告人の刑事責任は重大であって、その犯情は到底安易に見過ごし得ないといわなければならない。
しかしながら、本件各犯行の背景には、税法の適正公平な執行に当たるべき重責を担う税務当局が、従来からいわゆる同和団体の働きかけに曖昧な姿勢で対処し、結果的には、不正な納税申告を助長する事態をも招いたという特殊な事情が伏在していることを見逃せず、本件脱税の責任について、被告人らのみを一方的に非難するのは相当でないこと、同和産業を設立する等の手段は被告人以外の共犯者らがこれを発案したものであること、本件の発覚にともない納税義務者に対して正当な税額を完納せしめる行政的な措置が講じられ、さいわい税法上の実害はそれなりに回復されていること、被告人には罰金前科二犯があるものの特に反社会的な犯歴はなく、現実に被告人が得た利得額に比較すると不十分な金額ではあるが、本件各納税者との間で合計一〇〇〇万円を支払う旨の示談が成立し、その限りにおいては不正な利得の残存が解消される見通しであること、この種事犯の刑事訴追に関しては、ある程度やむを得ないとはいえ、必ずしも全体的な公平が保たれているとはいいがたいこと等、被告人に有利な諸情状もあるのでこれらを斟酌すれば、被告人に対し懲役一年四月及び罰金二〇〇〇万円を科した原判決の量刑は、懲役刑の実刑を言渡した点において酷に過ぎるものと認められ、その刑の執行を猶予するのが相当である。論旨は、右の限度で理由がある。
よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して更に判決することとする。
原判決が認定した罪となるべき事実に原判決挙示の各法条及び刑法二五条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田登良夫 裁判官 角谷三千夫 裁判官 白川清吉)
○控訴趣意書
昭和六一年(う)第一〇八一号
所得税法違反
被告人 今井正義
右被告人に係る頭書控訴被告事件につき被告人弁護人の申立てる控訴の趣意は左記の通りであります。
昭和六二年二月二三日
右被告人弁護人 弁護士 豊岡勇
大阪高等裁判所第四刑事部 御中
記
控訴申立の趣旨
一、原判決には、同判決に影響を及ぼすことが明らかな事実につき重大な誤認があり、
二、よって貴庁におかれ同判決をご破棄の上、被告人に無罪のご判決を賜わりたく、もし之れが認められないとしても、原判決には量刑不当の誤があるので、被告人に対し懲役刑執行猶予のご判決を賜わりたし。
控訴の事由
第一、被告人の本件所為は所得税法に違反する罪を構成しないものと思料されます。
けだし、
一、国税庁長官通達に基く所謂同和住民への課税配慮は税法違反を構成せず
同和問題の解決を目的としてなされた政府の行政と立法措置を検討するに、まず
1、同和対策審議会の設置
昭和三五年の第三五回臨時国会において、全党一致で同和対策審議会が設置された。
2、同対審の総理大臣あて答申について
昭和三六年一二月七日、総理大臣佐藤栄作は総審第一九四号を以て同和対策審議会に対し、
「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」について諮問をした結果、同審議会は昭和四〇年八月一一日付で同総理宛に、第一部「同和問題の認識」、第二部「同和対策の経過」、第三部「同和対策の具体案」及び「結語―同和行政の方向―」よりなる答申を提出した。
3、同和対策事業特別措置法の施行
同対審の前記答申の趣旨に基き衆参両院を何れも全会一致で通過成立した同和対策事業特別措置法が昭和四四年七月一〇日付で施行された。
4、国税庁長官通達の実施とその趣旨
(1) 処で前記同対審の答申の趣旨実現を目的として制定施行された同和対策特別措置法は右答申中の第三部「同和対策の具体案」の3、「産業・職業に関する対策」その他に対応した綿密詳細な規定を設けたものの、同答申に掲げた右「産業・職業に関する対策」中の「基本方針」に謂う所の、「同和地区住民の生活は常に不安定であり経済的文化的水準は極めて低く、それは差別の結果であるが同時にまた其れが差別を助長し再生産する原因でもあるから、同和問題の根本的解決をはかる政策の中心的課題の一つは……地区住民の経済的・文化的水準の向上を保障する経済的基盤を確立することが必要」である旨を指摘している事実に鑑みるならば、同和地区住民らの経済的文化的水準向上を保障することをも其の立法の重要な目的の一つとする同特別措置法が、一般課税の面においても同和地区住民に対しては特に斯かる実情に即しその負担を必要に応じて軽減することは当然に、右同対審の答申の精神を具体的に実現する手段として制定施行された右特別措置法の精神の一部を構成するものにほかならない。
(2) よって政府は右法の趣旨に基き昭和四五年二月一〇日付で全国各管区国税局長宛に「同和問題について」と題する国税庁長官通達を発し、「同和問題について」は既に同対審の総理大臣宛答申がなされ、次いで「右特別措置法が制定公布された」ことに鑑み庁内各職員が努めて「同法の精神」を遵守すると共に「同和地区納税者に対し今後共実情に即した課税を行うよう配慮」すべき旨を示達した。
(3) 即ち右国税庁長官通達は右同対審の答申に立脚する同和対策事業特別措置法の趣旨の一部である「同和地区住民の経済的文化的水準向上の保障」を実現するための一手段として同和地区住民の税負担を必要に応じて軽減することを目的として発せられたものであることが明らかである。
5、憲法第三〇条及び第八四条の租税法律主義と通達の関係
(1) 憲法第三〇条は「国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う」旨規定し、同第八四条は「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには法律、又は法律の定める条件によることを必要とする」旨を規定している。
(2) ところが判例は、憲法に定める租税法律主義の解釈通達に基いてあらたになされる課税の場合について、「課税がたまたま通達を機縁として行われたものであっても、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、当該課税処分は法の根拠に基づく処分と解するに妨げがない」ものと解している(昭和三三年三月二八日最判、民集一二―四―六二四参照)。
(3) 然るに前記国税庁長官通達は、先の同対審による答申に立脚する同和対策事業特別措置法の趣旨それ自体の具体的実現を目的とするものであり、従って同特別措置法の正しい解釈に合致するものであることは明らかであるから、斯かるものとしての国税庁長官通達に基いてなされる「同和地区住民に対する実情に即した税負担軽減のための処分」が憲法第八四条の規定する「現行の租税を変更する」につき、「法律の定める条件によるもの」に該当することは自明の理である。
(4) 即ち右の国税庁長官通達に基いて同和地区住民に対する配慮としてなされる所謂実情に即した課税、即ち「現行の租税の変更」は飽く迄、右特別措置法の正しい解釈に合致するものとして、斯かる納税負担軽減という「現行租税の変更」に該当する処分は飽く迄、法の根拠に基づく適法の処分であり、従って、斯かる手続によってなされた税負担の軽減措置は些かたりとも、何ら所得税法その他の税法に対する違反の所為でないものと謂うほかない。
二、部落解放同盟の陳情に基く国税ご当局の所謂同和免税について
1、昭和四五年以降の部落解放同盟を介しての同和免税の実情
(1) 部落解放同盟その他の所謂同和関係解放団体は、右国税庁長官通達が発せられたのをきっかけとして何れも国税ご当局に陳情し、同通達第二項の趣旨に基く同和地区住民のための税負担の軽減乃至免除を要請に至った。
(2) とりわけ部落解放同盟は京都・大阪各府下始め各地で、税務ご当局と交渉の結果、右通達を根拠とし、解放同盟が多数同和地区住民らのために各自の所得税その他の納税申告書を取りまとめた上、これら住民の納税申告を解放同盟において一括代行することとし、然かもこれら申告書はこれを各所轄税務署へ申告提出することをせず、例えば大阪府下では解放同盟が大阪府企業団体連合会(所謂大企連)の名義で、また京都府下では同じく京都府企業団体連合会(所謂京企連)の名義で、何れも各申告書を一括の上これを大阪国税局同和対策室へ直接に持込提出して申告することとして今日に至った許りでなく、これらの解放同盟の手で代行申告された納税申告内容は何れも所謂ゼロ申告であり、従って同盟を介して申告した納税者らは具体的且実質的には何れも殆んど納税を全額免除という格別の配慮に浴して今日に至っている。
2、被告人今井ら全日本同和会関係者の認識
右の事情から、被告人今井は固より全日本同和会関係者としては、部落解放同盟中央本部及び大企連がつとに昭和四三年一月三〇日に大阪国税局長と交渉の結果、
(1) 大企連がとりまとめ一括して大阪国税局へ提出する納税自主申告については局側は全面的にこれを認めること。
(2) 同和事業については課税対象としないこと。
(3) 局に同和対策室を設置すること。
その他を協議確認すると共に、同確認を追認する形で発せられた前記国税庁長官通達を楯に、右大企連等の解放同盟が代行申告したゼロ申告が何れもその儘で受理承認され、然かも斯かる格別の配慮がその後何ら法律上問題とされない許りか、税務ご当局によって其の儘承認されるという取扱いが其の後実に一〇有数年に亘って反覆継続された事実に徴し、部落解放同盟に対する国税ご当局の右の如きお取扱いは、右国税庁長官通達に基づき、憲法の規定する租税法律主義の原則に適合する飽く迄適法妥当な行政処分として国税ご当局により法律上公に承認されたもの、と解釈し且理解するに至った。
三、西日本各府県の自治体による地方税同和関係減免の条例制定について
昭和四六年に入ると国税庁長官通達の精神を尊重して、例えば京都府自動車税条例などの如く、同和住民の税負担を減免する立法が相次ぐようになった。
第二、全日本同和会京都府市連の同和関係住民らのための税対方針に係る機関決定およびその取組の経緯と被告人今井の犯意の有無
一、全日本同和会に対する同和関係住民らの税対の要望について
1、同和住民らのための解放運動に取組む所謂解放団体の中、部落解放同盟は日本社会党を支持政党とする革新団体であり、全国解放運動連合会は日本共産党を支持政党とする同じく革新団体であるところから、同和住民の中でも自民党支持の立場に立って所謂同和運動の理想を実現しようとする住民らは、解放同盟支持の住民らが右の通り大阪国税局との協議に基き所謂長官通達に立脚して納税上格別の配慮優遇を受け続けているに拘らず、自民党支持の立場をとる住民らは全然解放同盟の手による右の如き納税上の配慮を受ける途のない儘既に一〇数年を経過する状態であったところから、これら住民中には、是非共全日本同和会が右の解放同盟と同様の税務対策を、同住民らのために採上げることを熱心に要望する向きが次第に増加し、昭和五五年頃にはこれら住民から全日本同和会、殊に同京都府市連への税対取組を要請する突上げが逐次、府下各方面から続出する傾向を見るに至った。
2、しかも前記の事情から、前記長官通達に呼応して各府県自治体が同和住民の地方税を減免する条例を立法化し始めたことはこれら自民党支持の同和住民らを一層いら立たせた。
3、斯うした経緯に鑑み、全日本同和会京都府市連では、昭和五五年夏頃から、同府市連会長西田格太郎、副会長鈴木元動丸、事務局長鎗丸冨貴男らが、同府市連としても正式に解放同盟と同様に同和関係住民のために国税ご当局に対して陳情をし、府市連がこれら住民達の納税申告を一括代行して当局宛に提出し、前記長官通達の趣旨に基く税負担軽減の格別の配慮を受けさせる、という税務対策を同府市連の業務の一環として採上げる他ないとの心境に達した。
二、全日本同和会京都府市連の税対方針の決定及その後の動向と本件各納税申告の合法性
1、同府市連では昭和五五年九月三〇日に同府市連本部役員会を京都市南区役所久世出張所で開き、引続き一一月一一日に長岡京市で各市部長らを含む理事会を開いて税対方針につき事前協議の上、同年一一月三〇日に西田会長を中心に鎗丸事務局長、大島次長、長谷部・渡守両指導員、それに当時、同和会乙訓支部長であった今井被告人らが会合して仮称の税務委員会を開き、出席メンバーで「経営指導委員会」を構成し、鎗丸事務局長がその窓口を担当することを決定し、ここで全日本同和会京都府市連は正式に右の税務対策に取組むべき方針の機関決定をした。
(1) そこで西田会長を代行して同氏の息に当る木曾青年部長や鈴木副会長、鎗丸事務局長、大島次長、長谷部税対指導員、渡守指導員らが昭和五五年一二月二日頃大阪国税局へ、同和会府市連から同和関係住民らのためになす申告代行、即ち同府市連のなす税対に対しては、従来国税庁が国税庁長官通達の趣旨に則って解放同盟のなす税対に対して与えてきたのと同様の取扱いをしてほしい旨を陳情した際、同京都府市連乙訓支部長としてこれに同行し、大阪国税局同和対策室長その他の責任担当官から同陳情の趣旨を諒承した旨の回答があると共に、同室糸井武久係長から、革新団体の解放同盟は従来殆んどゼロ申告をしてきたが、自民党支持団体である同和会の場合は行政に協力する意味でゼロ申告はせず、なにがしかの税金は納付するように処理して貰いたい旨の要望が付言されたのを確認し、
(2) 右引続き同年一二月八日頃、右同和会府市連西田会長以下同幹部らが、予め大阪国税局同和対策室からの日取の連絡等に基いて、京都上京税務署で同署長や総務課長ら幹部に面接し、前記、大阪国税局宛になしたと同様の陳情をした際も右同様にこれに同行し、上京税務署側から、大阪国税局よりの事前の連絡により諒承していた儘に、同和会側からの陳情通り、向後は同和会府市連合会からなす税対に対しては総て、従来、解放同盟の手でなされた税対に対して与えてきたと同様の処遇をなすべき旨の諒解が与えられ、従って同和会からの申告書は必らず一括し所轄署総務課長の手許に提出すべき旨の指示がなされたのを確認し、
(3) その後、昭和五六年々頭早々から、同和会府市連合会幹部の鈴木副会長、鎗丸事務局長、大島次長、木曾青年部長、長谷部指導員、渡守指導員らがそれぞれ二名乃至三名ずつ手分けして、各税務署に署長ら幹部職員への挨拶廻りに趣き、被告人も木曾会長代行、鎗丸事務局長、大島次長、長谷部指導員、渡守指導員らに同行し、園部、右京、伏見、宇治の各税務署幹部を歴訪したところ、何れも上京税務署からの事前の連絡によりこれら各署の署長や総務課長らは、向後は同和会を通じてなされる納税申告に対しては従来解放同盟に対して与えてきたのと同様の処遇をする旨、および、同和会が代行申告する申告書については、必らず総て一括して各署の総務課長の手許に提出すべき旨の応答がなされたことを確認した。
2、本件各納税申告の適法性
右の如き経緯を経てなされた本件各納税申告は何れも所謂租税法律主義の原則に適合していることは前述の通りであり(前掲判例参照)、所得税法違反に該当する余地がない。
三、本件各納税申告と被告人今井の合法性に係る認識について
1、解放同盟の税対行為の実績について
既に前掲の通り解放同盟は同和関係課税配慮に関する前記国税庁長官通達の発せられた昭和四五年前後頃以降引続き過去一〇数年間に亘り税務ご当局から殆んどゼロ申告をその儘承認するという著しい課税上の優遇を得てきた許りでなく其の間それが何ら税法上の問題として採上げられたことがなかった上、
2、同和会府市連の代行した昭和五五年度分納税申告以来の税務ご当局の格別の取扱いの実績について
(1) 同和会京都府市連が前記国税ご当局との間の協議諒解に基いてなした所得税等の納税申告について其の内容が、本件罪となるべき事実として認定された納税者香山利次その他の所得税納税申告当時である昭和五九年頭初頃乃至、納税者安田由紀夫その他の所得税納税申告当時である昭和六〇年頭初頃迄の過去数年間に亘り何ら税法上の問題として採上げられたことがなかった許りか、税務署側からこれら同和会京都府市連を通じて申告代行された案件について税務調査がなされた事実は全く絶無であったし、また、
(2) その間、税務ご当局としては、解放同盟乃至全日本同和会府市連合会を通じてなされる納税申告案件につき、所謂長官通達の趣旨に基づく格別の優遇処置がなされているのに乗じて全国同和対策促進協議会その他大小の市井の似非解放団体が解放同盟とか全日本同和会京都府市連のなす税対に便乗し、税務ご当局に対し正規解放団体を偽装して納税者らの納税申告代行をなすのを回避し、これら似非解放団体のなす税対を阻止する手段として、昭和五八年頃から税務ご当局側からの指導により、同和会府市連本部から各納税者らの申告書を各税務署側へ一括提出の際、これら各申告書と予め同府市連本部で作成する申告手続代行簿の各代行手続表題記載部分との間に、府市連本部の公印で契印をすることを固く遵守励行するよう指導を受け、それ以来同府市連本部は常にこの指導を遵守するようになった。
(3) 右の如き一連の事情から今迄被告人としては昭和五六年初頭頃から本件申告代行に至る迄、同和会京都府市連のなした一連の税対が実は税法違反の脱税に該当するものなどとは毛頭認識しておらず従ってまた本件香山その他の納税者のために今迄被告人が仲介斡旋して同和会京都府市連本部幹部らを介してなした税務署宛納税申告が所得税法違反を構成する所為として、刑事訴追を受ける虞れがあるなどとは、全く夢想だもしていなかったものである。
3、本件納税申告における被告人の犯意の有無
右の通りの事情のもとで、被告人今井に所得税法違反の犯意は全然存在していなかったものである。
第三、被告人今井の認識と法の錯誤との関係について
一、同和会京都府市連のなした本件納税申告代行の適法性
(一) 申告代行に対する税務ご当局の対応
1、全日本同和会京都府市連合会が、解放同盟のなす申告代行に対して国税庁側が過去一〇数年に亘ってなしてきた、所謂同和住民納税配慮に係る長官通達に基く一連の優遇措置と同様の配慮を求めてなした前記大阪国税局、京都府下筆頭税務署である上京税務署、および同府下各税務署あての陳情乃至連絡話合いの結果、これら国税庁側各官署では何れも同陳情の趣旨を諒承し、但し従来の解同に対すると同様の配慮はするが、但し解同の如くゼロ申告はせず、同和会は行政を支持し協力する意味で、なにがしかの税金は納付して貰いたい旨の条件付でそれ宛後は同和会京都府市連側からなす同和住民らのための納税申告書一括代行提出に対し好意的に対処し格別の配慮がなされた事は前述の通りである。
2、殊に昭和五五年度分申告書を同府市連幹部らが昭和五六年初頭の確定申告期日である同年二月一五日から同三月一五日頃にかけ上京、右京、伏見等各税務署の窓口に当る各総務課長の許に提出して代行申告をした際には、同和会側では国税当局側の付した条件に従って、解同のようにゼロ申告ではなしに、適当になにがしかの納税はするという形で税負担軽減が受けられるような申告書の作成方法は何のようにすれば良いのか全く判らず、結局総て担当統括官らの手許で、これらの各納税金額を減少して納税者の負担を軽減する技術的方法として、当該所得原因発生の際に必要とした取得経費の計上乃至笠上げ、それに納税者が当該所得金額中から支払弁済をした債務の計上乃至設定等による具体的処理方法の指導を受けたのが実情であった。
3、従って右の通り、同和会府市連側から代行申告した各納税条件につき具体的納税金額を圧縮して納税負担を減免する手段として、右の通り「取得経費」を設定乃至増額し、或は所得金額中から他へ支払弁済した「債務」を設定乃至増額するという方法を講ずる手法は、同府市連の幹部である鈴木元動丸や長谷部純夫とか渡守秀治などが発案導入したものではなく、実は前記の通り右幹部らが同和住民らに代って納税申告書を各所轄税務署へ持参提出した際、先に同和会府市連西田会長その他幹部連からの陳情に基き大阪国税局乃至上京税務署側と同和会側との間でなされた協議諒解事項の趣旨に従い長官通達の精神に則り、各担当統括官らが厚意的になした指導の一環として右府市連幹部らに伝授されたものであった。
即ち解放同盟のようにゼロ申告で納税義務を殆んど負担しないというのではなく、全日本同和会京都府市連の場合、具体的納税金額を大幅に軽減して同府市連の代行申告した納税者の実際の負担を軽くするという税務署ご当局の配慮を実行する手段としてなされた本件香山利次らの各納税申告に際して作成提出された領収書等は本来右の通り担当官らの指導による方式を踏襲したものにほかならない。
4、従って例えば右の手法の一つである納税者が所得金額中から債権者宛に債務の支払弁済をした事実を疏明するため当該債権者作成名義の納税者宛領収書を一々創作するにはその都度同和会府市連側の担当者が当該債権者の住所氏名を架空で作り出さなくてはならず、到底その繁に耐えないところからこれにつき府市連担当者側から税務署係官側に相談を持ちかけたところ、右京、上京、伏見その他の各署担当官は、同和会府市連側で、同領収書作成の受け皿となるための法人を設立しては何うか、と云った指導提案があり、殊に右京署の佐々木俊雄総務課長および松本庄八資産税第一部門統括官らは同受け皿として設立する法人にはその商号の一部に「同和」の二文字を入れてあれば、税務署側としても同会社作成に係る領収書を一見しただけでそれが同和会府市連作成の証憑書類であることが一見して識別できて頗る便利且実務的である旨の意見を述べたところから、同府市連側で鈴木、長谷部らが右税務署担当官らの指導をそんたくして前記の領収証作成名義の受け皿とすることをも目的の一部として(後述参照)同年五月一日付で有限会社を設立した際、その商号を特に有限会社「同和」産業としてその設立登記をし、早速同登記簿謄本一通を右の佐々木総務課長、および松本統括官に呈示報告をしたものである。
5、府市連幹部鈴木らや被告人はゼロ申告で殆んど納税義務を履行していない解放同盟の方式すら既に過去一〇数年に亘り、国税当局によって引続き認容され、然かもその間税法違反の問題が持上ったことなど全く皆無であった事実に徴し、同和会府市連が当局の具体的指導のもとに右の通りの領収証を有限会社同和産業名義で作成しこれを添付して納税申告をすることにより当局から実際の納税金額を軽減し、納税者たる同和住民らの経済的負担を軽くして貰えるのは、解同の場合のゼロ申告による納税者の負担免除と同様、何れも前記同対審の答申、同和対策事業特別措置法およびこれに立脚する国税庁長官通達の精神に基く同和関係住民の納税に関する夫々実情に即した配慮として、夫々各納税申告に対し同所轄税務署の責任者である署長の権限に基きなされる行政処分行為として法律上飽く迄適法妥当なものであり、憲法三〇条、同八四条所定の租税法律主義に何ら抵触などする余地なきものと確信していたものであり、然も右の法的解釈は一応妥当と認めて差支えなきところと思料される。
6、現に今井被告人その他全日本同和会京都府市連の幹部鈴木元動丸その他が既に去る昭和六〇年夏検挙され公判請求を受けた後の昭和六〇年度分および昭和六一年度分の解放同盟よる納税者らのための納税申告代行は従来通りその殆んどがゼロ申告として提出され、然かも国税ご当局は引続きこれを前記長官通達の趣旨に基く実情に即した配慮に基く行政処分の一環として何れもこれをその儘受理承認している。
(二) 解同と同和会府市連の申告手続の相異点
解同が今日なお国税当局により国税庁長官通達の趣旨に則る合法的納税申告なりとして認容されている申告手続はその内容が殆んどゼロ申告ではあってもその申告書記載内容として片や所得金額と他方に所要経費乃至所得金額中から他へ支払弁済をした債務弁済額等の課税額控除項目に該当する金額とが計上記入されているに過ぎない儘これが受理され、同記載内容通りの実所得収支事実が当局により承認される、という「所謂実情に即した配慮」がなされて処理されているのに対し、全日本同和会京都府市連の場合は、ご当局から前記当初の陳情協議の際、「同和会は政府自民党支持の所謂体制側の解放団体であるから、部落解放同盟のようにゼロ申告でゼロ納税というのではなく、行政に協力すると謂う意味で、なにがしかの税金は納税すると謂う形で同和地区関係住民の納税の負担はこれを間違いなく軽減する事を実現するという方式での配慮を与える、と謂うことで満足をしてもらいたい」旨の国税ご当局側からの説明に対し同和会京都府市連側が之れに賛同し其の旨の協力方式を諒承するとともに、同方式の具体的手続方法としては、昭和五六年初頭の昭和五五年度分確定申告の頃以降国税当局側担当係官らの指導により謂わば架空の「領収証」とか「連帯債務保証書」等を、これまた右担当係官らの示唆や指導に基いて設立した「有限会社同和産業」名義で作成し、これら何れも同和産業作成名義の証憑書類を其の後昭和五六年初頭から本件各申告に至る昭和五九年乃至同六〇年初頭の確定申告時に至る迄の間、実に前後四年間に亘り其の間合計概算数百通以上の同和地区関係住民納税者らに係る納税申告書に何れも右会社作成名義の証憑書類を添付してこれを所轄税務署宛提出し、右同様パターンの納税申告を反覆、継続したに拘らず、この間に国税ご当局側から同和会京都府市連側乃至右納税申告者らに対し何らの照会お問い合わせ其の他の調査等は全然なかったし、況んや修正申告の勧奨乃至更正処分等がなされた事実は全くなかったものであり、謂わば当初に国税ご当局側と同和会京都府市連合会側との話合い協議の際に双方間に成立した協議事項乃至諒解事項の通りが総て其の儘に、先に関係担当官らの手で具体的に指導を受けた通りの様式で繰返し毎年なされる申告内容が総て国税ご当局側において其の儘ほとんど無条件で認容される処理が引続き繰返えされてきたのが実情であった。
(三) 国税ご当局による本件告発の経緯
ところが昭和六〇年初頭に行われた昭和五九年度になされた遺産相続に係る同和地区関係住民納税者の相続税納税申告を同和会京都府市連合会本部において所轄税務署宛に代行手続済であったところ、同相続に係る共同相続人相互間の紛争から、同遺産の分割内容に不満を抱く相続人が隅々右京都府市連の本件税務対策により同相続税額の前記特例による配慮に基き同相続税額の負担軽減の恩恵に浴した当該相続人を相続税法違反の脱税者であるとして国税当局宛に反覆強硬な申入れに及び、場合によっては税務ご当局までをも、恰かも右相続税の脱税を黙認したものとの非難攻撃すら始めかねない情勢となったところから、ご当局としては、たまたま全日本同和会京都府市連合会の場合は、部落解放同盟が大企連ないし京企連の名義で同和地区関係住民らの申告代行をする場合のように何ら正規課税金額の控除事由と同控除金額とを裏付ける証憑書類を添付することなく単に申告書自体に課税控除事由と同金額とを記入した納税申告書を提出しているのとは相異り、何れも前記の通り、謂わば国税ご当局側からの指導や示唆に相従って既に過去前後四年間に亘り合計数百通にも及ぶ大量の、然かも前記有限会社同和産業作成名義の内容架空の領収証等証憑書類を各申告書に夫々添付提出しているところから、国税ご当局においては万止むなき処置として、右各領収証等の証憑書類を添付してなされている納税申告中の案件多数をとり上げ、これらの同和会京都府市連の税務対策として各所轄税務署宛になされた代行申告は何れも同府市連本部において何れも架空の右領収証等の証憑書類を乱発偽造の上これを各納税申告書に添付提出し、以てその都度当該担当税務係官を計画的に欺罔し以て多額の税金の納付を免れ各税法に違反した悪質の犯罪であるとして夫々検察当局あてに告発されるに至ったものである。
二、全日本同和会京都府市連合会のなした本件税務対策と刑法第三八条。
(一) 被告人今井の本件所為に係る認識
被告人今井には、本件納税者香山らを同和会京都府市連に仲介をし同所幹部係員らの手で本件各所得税の納税申告手続を代行させ、これにより、予ねてからの国税ご当局側と同和会府市連側との間の、然も既に右双方間において多年の慣行となっている恒例の手続により、前記国税庁長官通達の趣旨に基き国税ご当局側から所謂同和地区関係住民に係る実情に則した配慮により、右香山ら各納税者らの具体的納税額を本来の正規課税額から「恒例による」相当額を軽減する取扱を受け、所謂「なにがしかの金額の納税」に止めると謂う行政処分の恩典に浴することは、右の通り国税ご当局が予ねて多年に亘り所轄税務署長の権限に基く行政処分として反覆継続され、よって既に行政上の一種の慣行として成立しているところであり、従って被告人としては同和会京都府市連によって同和地区関係住民の為めになされる納税申告の代行、即ち所謂税務対策なるものは飽く迄適法にして正当且妥当の所為であるもの、と何らの疑もなく確信していたものである。従って同被告人には本件各所為を以て所謂所得税法違反の罪を敢えて犯す意思は真に終始一貫して之れを毛頭抱いてはいなかったものである。
万一にも被告人において本件所為が税法違反の犯罪を構成する虞れがあるなどと当初から些かたりとも予見していたならば被告人としては、敢えて之れに手を染める如き意思は全く抱いてはいなかったものである。現に被告人は本件香山其の他の納税者らを同所得税納税申告の代行委託のため全日本同和会京都府市連合会の幹部係員らに仲介斡旋した経緯乃至その結末に至る迄の極めて詳細なデータを記録したメモを本件当時に夫々作成の上これらを万一後日必要な場合に備えて保存所持していた事実に徴しても被告人が本件所為を以て些かたりとも刑罰法規に抵触するが如き不法不正の振舞いなどとは意識してはいなかった事実を窺うに充分である。蓋し、およそ罪を犯した者が自己の犯罪事実の内容の詳細に亘る記録を何らかの形で保存すると謂うが如きは、当該人物としては後日犯罪発覚の端緒となる危険を敢えてしても、真に必要止むを得ざる格別の事情の在る場合に限られている事実は既に経験則上明らかであり、然かも被告人については斯かる格別の事情は些かも存在しない事実に鑑みるも、被告人には些かたりとも罪を犯す意思のなかりしことが裏付けられるところである。
(二) 被告人今井に係る刑法第三八条一項に謂う「罪を犯す意思」の不存在
そこで、若し仮りに貴庁におかれ、全日本同和会京都府市連合会のなした本件税務対策行為が、前記同対審の答申と之れに立脚して制定公布された同和対策事業特別措置法、並びに同法に基いて之れを補うものとして発せられた国税庁長官通達の存在、それに前掲の通りの昭和五五年一二月の国税ご当局と同和会京都府市連側との協議諒解事項の存在、並びに同諒解事項に基いて其の後本件香山ら各納税者に係る所得税納税申告がなされるに至る迄の前後四年間に亘って税務ご当局側と同和会京都府市連側との間で反覆継続されることによって既に成立していた同和地区関係住民らのため同府市連を介してなされる納税代行申告に係る格別の配慮による行政処分としての行政上の慣行の存在などの事情にも拘らず、なお且何れも所得税法違反の罪に該当するものとのご認定を受けたと仮定しても、前項所掲の如き事情の許においては、少くも被告人今井には右の通り、本件所為により自己が敢えて税法違反の所為をなすものとの認識乃至予見が全く存在しなかった許りでなく、実は凡そ税法に違反するが如き所為をなす意思自体を全然抱いてはいなかったものであった。
即ち、被告人今井においては、刑法第三八条一項に謂う「罪を犯す意思」なるものは全くなかったものであります。(大正一一年五月六日大判、刑集一―二五五参照)
(三) 被告人今井においては本件所為につき所謂「法の不知」には該当せず
被告人今井においては、自己が本件納税者香山利次其の他のために仲介し全日本同和会京都府市連合会の手でなす本件各納税申告の代行、即ち所謂税務対策は、何れも前記国税庁長官通達等の趣旨に則り、国税ご当局により恒例の行政慣行に従って「所謂なにがしかの納税額」の程度に迄、適法正当に圧縮されるという行政処分が各所轄税務署長の手でなされるもの、と確信して些かの疑念をも抱いてはいなかったものである。
従って今日に至り俄かに国税ご当局におかれ、先に昭和五五年一二月二日及び同八日に大阪国税局同和対策室および京都上京税務署において国税ご当局側と全日本同和会京都府市連合会代表者らとの間で成立していた協議諒解事項並びに之れに基いて昭和五六年二月乃至三月に亘る昭和五五年度確定申告期日頃からそれ以後にかけて同府市連幹部らに対してなされた一連の具体的指導乃至示唆、および之れらの協議諒解事項乃至指導に則して其の後同府市連が同和地区関係住民らのために逐年に亘って代行申告納税を繰返えし何れも一旦之れが夫々税務ご当局によって是認され、それらの措置が少くも前後四年間に亘る一種の行政慣行として成立していたに拘らず、国税ご当局において前記の協議諒解事項の存在や之れに基いてご当局側の手で同和会府市連側に対しなされてきた一切の指導乃至示唆の事実を総て同和会府連側において捏造した虚構の言い掛りなりと開き直られた上、同府市連が前記の通りの方法でなした代行申告納税は挙げて税法違反なりとして之れらに対する刑事処分を迄求められるに至っては、被告人今井としては正に恰かも、同人が自動車を運転し道路上を進行中、東西南北共に交通が渋滞している交差点に差掛って、恰も交通整理中の警察官からの手信号で誘導指示されて同所付近に停止中の車両の間を進行し始めた途端に他の警察官から赤信号を無視した道交法違反の罪で検挙された揚句、先に同車両を指示誘導した警察官からは、「その様な指示誘導をした事実がない」とか、「その運転者に出あった記憶がない」などと突き離された場合にも比すべき状況に追込まれているものであります。
斯かる被告人今井は、所謂「むじな」と「たぬき」の判例にいう自称「むじな」の捕獲者の場合以上に、本件被告人が所得税法違反の所為をなす意思なかりし事につき、之を以て所得税法を知らざりしものと断ずるのは、相当でないと思料されます(大正一四年六月九日大判、刑集四―三七八参照)。
第四、被告人の情状
一、納税申告代行につき同和会京都府市連が納税者から受領したカンパ金の性格について
1、部落解放同盟は昭和四五年前後頃から同和関係住民らの納税申告を代行する所謂税務対策を実施し、税務署側から前記長官通達に基く同和関係住民課税減免処分の配慮を得た場合は、原則として、正規税額の半額、事情によっては同三分の一に該当する金額を解同組織にカンパ資金として納入させる、という方式を繰返してきた。
2、そこで全日本同和会京都府市連合会でも、同和関係住民らのため納税申告の代行をしたことにより、当該納税者に正規税額の一〇%乃至五%に止まる所謂「なにがしかの納税」に迄実際の納税額の軽減されると謂う長官通達配慮を実現した場合は、当該納税者から正規税額の半額、但し事情により同三分の一乃至それ以下に該当する金額をカンパ金として之れを同府市連の活動費その他の同府市連の運営予算に組入れることとなっており、但し当該納税者のための納税申告代行手続の委託かたを同府市連本部に紹介したものが同府市連支部又は支部の活動家であった場合は、同府市連本部は当該納税者より受入れた同本部活動費であるカンパ金の中、その半額を当該紹介者である支部の支部長、又は同活動家に、それぞれ同支部又は当該活動家において其の同和運動の推進に充当すべき活動費として交付する旨のルールを、昭和五六年初め頃には既に同和会京都府市連本部役員会で機関決定をしていた。
従って本件の香山ら各納税者らに係る府市連本部宛カンパ金の金額についても其の算定の基準は当初から既に前記の通り規定されていたものであり、唯単に、これら納税者につき前記の所謂同本部として特に考慮すべき格別の事情の有無につき同本部幹部から其の実情を被告人今井に対しても照会がなされたので、之に対し同被告人から自己の見解を述べたに止まるものであるから、恰かも同被告人が香山ら本件各納税者らの本部宛カンパ金の金額の決定に被告人今井が深く関与したかの如き原判決の認定は著しく事実の真相を見誤ったもの、とのそしりを免れない。
二、被告人が京都府市連から受領した金員の性格と其の使途について
1、被告人は先に昭和五五年三月頃から全日本同和会京都府市連合会乙訓支部長に就任し同支部を基盤として同和運動に従事していたが、その後同支部では昭和五七年始め頃から、予ねて同所地許で同和運動を表看板に自己の地盤固め工作を目論んでいた暴力団員の芝美佐夫なる人物が被告人今井を始終目の上のこぶのようにし始めたところから、同被告人は同府市連本部の鈴木会長から事前の諒解を取付けた上形式的には乙訓支部長を辞任して芝を其の後任者の地位に就かせると共に、自からは引続き同支部の実質上の支部長的な顔を活用し地許における全日本同和会の組織拡大運動や、また他府県の全日本同和会地方組織との連絡交流等の業務を進んで引受け、本部鈴木会長らの指導下に同和運動の一層の発展のため献身した。
2、右の事情から、被告人は本件香山利次ら各納税者達から京都府市連本部に納付されたカンパ金の中から前記の同府市連本部の設けていた内規に従って乙訓支部の活動費予算の分配交付を受け、また同支部長の地位を形式的に前記の芝に譲り渡してからは、実質上の支部長的立場で全日本同和会の組織拡大や他府県の全日本同和会系組織との連絡協調、それに合同研修や共同講演会開催その他の統一行動推進業務の運営等に必要な活動費予算の分配交付を受けるなどしたが、それら必要予算の中で、本件納税者香山利次らが同和会京都府市連本部に納付したカンパ金からの分配分に属する金員の累計額は原判決認定の通り合計約二千余万円に達することは間違いない然し乍ら被告人は其のほとんどを何れも全日本同和会京都府市連合会の開催する講演会や研修会の各種関連経費や他府県での組織拡大運動支援のための出張費、交際費、その他の工作費等に充当支出しており、これを被告人自身の私用に充当したぶんは全くなかったものである。
三、被告人の全日本同和会での立場と行動、並びに捜査段階や原審公判廷での供述
1、被告人は本来、金もうけの目的で全日本同和会に加盟したものではなく、また同和地区関係住民らの納税申告の代行を同和会府市連本部の幹部である鈴木、長谷部、渡守らと共同して同府市連の業務とは別個の私的業務として之に取組むことにより、右申告の代行委託者で同和地区関係住民である納税者達から京都府市連本部カンパ金名下に金員の交付を受けて之れを鈴木、長谷部、渡守および被告人今井の四名で山分けして金もうけをしようと共謀をした事実などは毛頭ないし、従ってまた同カンパ金の一部を被告人個人への山分けの形で分配を受けた事実も全然なかったものである。
2、然るに恰かも右然るかの如き同被告人の供述調書が本件捜査段階において作成されたのは、実は同捜査の当初の段階において担当検察官が同被告人に対して発した不用意な発言を同被告人に対する意図的な差別的発現として受け止め、それ以後暫時同被告人は同検察官の取調べに対し一切黙秘したものの、
(1) 同被告人弁護人から「黙秘などして検察官とけんかしたら、君の情状がすっかり悪くなり、保釈なども全く見込みがなくなるなど大変なことになるから、早速にも黙秘は打切り、検察官の取調べにはああの斯うのと理屈などを言わず、素直な態度をとって取調べを少しでも早く済ませるようにすれば、保釈も早く許可されることになろう」などと勧告された許りか、
(2) 右拘留中に被告人は異常な血糖値を示す糖尿病の症状に陥ったものの、京都拘置所内では医務室で医師の診療を受ける機会が一切与えられず、日夜のどが乾き切る苦痛にさいなまれ、屡々便所の手洗水を掌ですくい飲みしてわずかに其の苦痛の緩和を試みる以外には何らの方法がないと謂った窮境に追い込まれ、被告人としては糖尿病の症状が急激に悪化して自己の生命すら危たいにひんすることあるべきを推察して日夜恰かも息づまる想いの恐怖感に襲われ、一日も早く保釈の許可を得て充分な医師の診療を受ける為には、最早不本意乍ら弁護人の示唆に従って検察官の尋問に対し何でも素直に応対し迎合した調書の作成に協力し以て一日も速やかに検察官の満足する形で捜査の終結するように事を運ぶほかはない旨決意した被告人は遂にその後の検察官調べに対しては随時随所において検察官の取調べに迎合した供述を敢えてするに至った為め、例えば前記の如き著しく事実に反した供述内容の調書が検察官によって執ような許りに迄繰返し作成され、更に
(3) 被告人は原審公判廷での被告人本人質問に先立って弁護人から、「君は検察官調べの際に検察官から検察官調書中に君自身にとって決定的に不利な数々の供述を録取されているが、検察官調書に録取された供述は、仮りに本人が後日になって如何に公判廷で今更懸命に否認してみても、結局裁判官は検察官調書の内容通りが事件の真相であると認定するのが、ほとんど例外のないことであるから、法廷で裁判官や検察官から尋ねられたことについては、先に検察官調書の中で述べた内容と食い違った供述などすれば、罪証いん滅の虞れのある被告人と判断され非常に情状を悪質であると誤解され、従って非常に重い判決となるおそれがある。」、「だから法廷で質問に答える際には、自分が先に検察官調書の中で供述した内容を良く想い出し、出来るだけ其の線に沿う供述をするのが賢明である」、「そのほうが裁判所から情状を良く看られて、懲役刑には執行猶予をつけてもらえる可能性が多くなるし、罰金刑も軽く済むかも知れん」、「被告人の態度が悪いと観られたら、ひどい判決になるかも知れない」、「君は余り同和運動に深入りはしていないように言っておく方が、会長や事務局長らと共倒れにならなくて済むのではないかなあ」などと言う話を耳にした結果、原審公判廷でも被告人今井は、専ら右弁護人からの示唆に基いて、著しく実態的真実とは相違した供述を少なからず展開する結果となったものである。
三、被告人の本件所為と其の経緯
1、被告人の本件所為に至る迄の、国税当局と同和地区関係住民の為めの納税代行(所謂全日本同和会京都府市連合会による「税務対策」)をめぐる両者間の協議諒解事項其の後の同府市連と国税当局側との間の具体的事務処理関係の推移、それに被告人今井と同府市連との「所謂税務対策」をめぐる具体的関係の経過の実体は何れも前記の通りである。
2、万一、全日本同和会京都府市連合会のなした本件各税務対策が、何れも前記長官通達に基いてなされた適法妥当のものとの貴庁のご認定が得られず、然かも被告人が同府市連に本件各納税者らを紹介し、同府市連をして香山利次ら本件各納税者らの為になさしめた本件各納税申告代行の所為が総て前記長官通達に基く適法妥当な所得税減免手続には該当しないものものとされ、よって之れを右に該当するものと信じた被告人今井の認識は刑法第三八条三項前段に謂うところの「法の不知」に当るものとの貴庁のご認定を受けるが如き結果と相成ったとしても、被告人今井に係る本件情状には前記の通り誠に宥恕に値すると思料される事情が認められますので、被告人に対する原判決のご量刑は不当に重きに過ぎる誤りあるものとされ、之れをご破棄の上、被告人に対し同条第三項後段による刑の減軽のご判決を賜わるのが相当なるやに愚考いたすものであります。
第五、結論
一、右の理由により貴庁におかれ原判決をご破棄の上、被告人に無罪のご判決を賜わりたく、
二、もし之が認められずとするも被告人に対し懲役刑執行猶予のご判決を相賜りますようお願い申し上げます。
以上